抗カビ剤と歯周病5




この一連のコラム「お役立ち情報」でも初回から4回目まで連続で「抗カビ剤と歯周病」について取り上げましたが、それはもう10年前のことであり、私もしばらくその話題からは遠ざかっておりました。
しかし、2012年の1月12日に「歯周病、カンジダ菌で進行 奥羽大・玉井准教授が発表」というニュースが配信されました。

神奈川県のある開業歯科医が「歯周病の原因はカンジダ(カビ)であり、その治療には抗真菌剤(抗カビ剤)の使用が有効である」と提唱し続けているということを10年前に書きました。当時、この歯科医師の提唱に朝日新聞を中心としたマスコミが絡んだため、歯科臨床の現場はもとより一般社会にも少なからず混乱が生じました。
何故混乱が生じたかと言えば、それは「歯周病の原因は歯周病原性細菌である」ことが当時すでに科学的に証明され、世界的に確立していたからで、もし「原因が歯周病原性細菌ではなくカビ」であるならば、それまでの歯周病因論の殆どは否定され、それまで普通に行なわれていた治療法が根底からひっくり返るわけです。
これに対して、日本歯周病学会は当初は無関心の姿勢をとっておりましたが、マスコミが絡んだことによって社会や臨床現場に混乱が生じたことを鑑み、2001年に「正しい歯周治療を目指してー抗真菌剤の使用を批判するー」というタイトルの論文を発表しています。

それ以前から現在に至るまで「歯周病の原因は歯周病原性細菌(いわゆる歯周病菌)である」ということは全世界的なスタンダードであり続けています。
歯周病の成立には細菌の増殖が必要であり、発症には増殖した細菌の菌体成分や産生物質が正常な歯周組織を破壊し、その機能を障害する事が条件となります。現在、歯周病原性細菌として分かっているものは全て、歯周病の成立を説明できる内毒素、蛋白分解酵素、免疫抑制因子等のいずれかが証明されています。
実際に、歯周病原性細菌にアプローチする治療法は、世界的に見ても治療成績の向上をもたらし、治療法も現在まで進歩を遂げ続けています。

今回発表された奥羽大の実験の概要は「シャーレ上で人の歯肉の細胞を培養し、カンジダに触れた細胞と触れていない細胞の歯周病菌を取り込む割合を比較。カンジダに触れた歯肉の細胞は、そうでない細胞の3倍、歯周病菌を取り込みやすいという結果を得た。」というものです。
この発表は「歯周病の原因は、あくまでも歯周病原性細菌である」というスタンスに立っており、決して「歯周病の原因はカンジダである」とは言っておりません。
言わば「カンジダが歯周病の発症や進行を促進する可能性が示唆された」といった程度のものなのです。

しかし、今回のこの一歩は決して小さなものではありません。
今までは「特殊な例を除いて、カンジダは歯周病の発症や進行に関わっていない」とされていたわけで、一部の歯科医師の間で行なわれてきた「抗真菌剤(抗カビ剤)による歯周病治療」は科学的根拠に基づいたものではなく、言うなれば「ためしにやってみたら、なぜか効いちゃった」ということの延長線上にありました。しかし、今後は数々の実験を重ねることで、カンジダが歯周病の発症や進行に関与していることが証明される可能性があります。
しかし、もしカンジダの関与が証明されたとしても、抗カビ剤は毒性の強い薬剤であり副作用として腎障害を招くことが報告されていることから、長期使用による全身的影響等について充分に検討される必要があることは言うまでもありません。
それらをクリアーすれば「抗カビ剤による歯周治療」は、晴れて「科学的根拠に基づいた治療法」の仲間入りをすることができるのです。

科学における「世紀の大発見」の多くは、最初に発表された時は疎んじられるのは世の常であり、単に「科学的根拠に基づいていない」という理由だけで新たな試みを切り捨ててはなりませんが、こと医療の現場では、患者さんの利益(あくまでも利益であって歓心ではありません)と歯科医師の責任とを照らし合わせながら事に当たることが肝要です。

、、、というわけで、当院で抗真菌剤(抗カビ剤)を歯周病治療に用いる予定は、今のところはありません。

(この文章は2012年の1月25日に書いたものです。)






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